つとむューニッキ(はてなダイアリー版)

つとむューのニッキです。

コーヒーハウスにて

「ええっ!今から行くの?」
「ほら学園祭、まだやってるし」
「やだよ、無茶苦茶だよ先輩。じゃあねバイバイ(ガチャ)」
「おい、よう子!よう子…」
プーーー


 最悪だ。
 席に戻ると、飲みかけのコーヒーカップがかちゃりと音をたてる。黒の波紋が、俺を嘲笑っているかのようだ。テーブルの上で右手を開くと、公衆電話から戻ってきた小銭達が回り出す。こんなに十円入れて、俺は何を期待してたんだ。


 そもそも俺は、ここで美香さんを待っていた。
「美味しいコーヒーを出す店があるんですよ。三時にそこでお待ちしています」
「考えておきますわ」
 美香さんがそんな風に俺の誘いを受け流すようになって、一ヶ月になる。待合せに来なかった事はすでに二回。でも、美香さんの心が離れてしまったとは思いたくなかった。時計は四時を回っている。決定的な三連敗を認めたくない俺は、何を思ったのか気のいい後輩、よう子に電話をかけていた。


 もともと俺は、ミルクが無くてはコーヒーが飲めない。
「あら、すぐにミルクを入れてしまっては、コーヒーの香りを楽しめなくてよ」
 美香さんのそんな言葉が、頭の中で反射する。あの頃はブラックでも平気で飲めた。美香さんの笑顔とコーヒーの香り。二つがとろけあうと、世界一すてきな飲み物が誕生した。でも、今、俺の目の前に置かれているのは、胸をほろ苦くさせるだけの黒い液体。


 だったら飲み干してしまえばいいのに。
 何度もそう思う。
 でも、よう子にも振られた今、美香さんが来てくれることだけが俺の希望なんだ。美香さんに飲んでほしかったこの店のコーヒー。それが目の前から消えて無くなることが恐かった。


「先輩!来てやったよ」
 突然扉を開けたのは、よう子だった。
「はやくぅ〜、学園祭終わっちゃうよーっ!」
 よう子が向かいの席に腰掛けた瞬間、テーブルに忘れられてたミルクの白い波紋がくすっと笑ったような気がした。
「そう急かすなよ」
 俺はコーヒーにミルクを注ぐと、ぐいっと一気に飲み干した。




こころのダンス文章塾 第20回お題「珈琲の香り(扉)」投稿作品