つとむューニッキ(はてなダイアリー版)

つとむューのニッキです。

結託byもでれーと

「今夜は豪勢だったね」
席を立ちながら山下が呟いた。
やはり彼には気づかれてしまった。
こっそり特別なウイスキーを出したことを。
「四十周年記念よ」
「そう、それはおめでとう」
山下は、かるく右手を上げて出て行った。


四十年。
働いて働いて、並木通りの片隅にこの店を持った。
カウンターと四人がけの席が二つだけの、ちっぽけなお城。
でも本当なら、隣にはあの人が居るはずだった。
最愛の人。その命を奪った戦争。
彼が散った海で、これから私も人生を終えるつもりだ。
だから、最後の客となった山下に、あのウイスキーを振舞ったのだ。


「暗い顔をしていたのも、気づかれたかしら・・・」
片道の航空券を抱きしめながら、店内を眺める。
この店も今夜でお別れだ。
そのとき、カウンターで何かが光った。
ライターだ。かなり古い。
山下はジッポが好きで、いくつか持っていたが、これは初めて見る。


突然電話が鳴った。
「露子さん、ですか?」
知らない声だ。
「はい、そうですが」
「私は山下といいます。実は父が・・・」
「ああ、山下さんならもう帰られましたよ」
「え?」
「つい今しがた。あ、年代物のライター、お忘れになったかも」
「今、ですか。ライター。そうですか、親父が・・・」
沈黙。
「露子さん」
「はい」
「父は、一時間前に亡くなりました」

 
盆を過ぎた墓地に人影はない。
私は息子さんの言葉を思い出していた。
「父も、自分の戦友が露子さんの恋人だったとは、
 そのライターが出てくるまでは、知らなかったようです。
 露子さんに知らせなきゃ、ってそれはもう、うわ言にまで言い続けて」


今ふたりは、同じ場所に居る。


「戦地から戻ったら、このウイスキーで乾杯しよう」
彼が楽しみにしていたあのウイスキー
あの晩は、二人で飲みに来たのだろうか。
「仕方ないわねえ」
ふっと笑って、ライターで航空券に火を点けた。
バケツの中で炎が高く燃え上がり、すぐに消えた。
鰯雲の浮かぶ空を、赤とんぼが連なって飛んでいった。




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へちま亭文章塾 第11回おさかさん投稿作品「結託」
文章塾のゆりかごでの書き直しコンペ参加作品