Fの魔法
「Fって何だ…?」
雄介は授業中、ずっと考えていた。
京香が古文の教科書に書いていた記号の意味を。
フール?ファール?まさか腑抜けのF?
一つ前の時間は古文だった。
け、け、ける、ける、けれ、けよ…
五月の陽気に、古文の呪文がすうっと溶けていく。
涅槃の境地に達したところで、俗世から自分を呼ぶ声が…
はっと目を開けると、恐い顔をした先生が机の前に立っていた。
立たされながら教室の失笑を見回すと、一人だけ教科書を見ている奴がいる。
こんな時でも勉強かよ。優等生は違うぜ…
しかしそれは勘違いだった。
京香は教科書に何かを書き込むと、ニヤリとこちらを見た。
京香の席は、俺の二つ隣の窓際だ。
成績優秀、容姿は…まあまあかな。
だから今まで気に留めていなかったが、あれ以来意識してしまう。
確かあれは”F”に見えた。
また何か書かれるんじゃないかと思うと、つい彼女を見てしまう。
窓からの風を受けてサラサラとそよぐ長い髪。
セーラー服のリボン辺りのなだらかな膨らみ。
今が盛りと芽吹く若葉よりも、授業に集中する瞳が美しい。
”古文の教科書に書いてたFって何だよ?”
以前なら何でもなかった質問が、俺の口を重くする。
「な〜に〜?あんた京香に気があんの?」
ホームルームが終わると留美が後ろから小突いてきた。中学校からの腐れ縁だ。
「べ、別に…」
「そう、ならいいんだけど。ちょっと気になることを聞いたから」
「何だよ。教えろよ」
「内緒だよ。あの子達のグループって、あんたで賭けしてんのよ」
「えっ?」
「古文の時間ね、あんたが何回居眠りするかって賭けてんの」
じゃあ、Fって何だ…
「京香の観察によるとね、あんたの古文の居眠りはいつも三回だって話だよ」
三回、三回…。そっか、あれはFではなくて正の字の途中だったのか…
明日の五時間目は古文だ。
襲い来る睡魔とそれを狩る小悪魔。
全滅してしまいそうな睡魔を応援したくなるのは、魔法にかかった自分を認めたくないからだろう。
文章塾という踊り場♪ 第24回お題「制服、あるいはそれにまつわるもの」投稿作品