つとむューニッキ(はてなダイアリー版)

つとむューのニッキです。

スメルクラブ

「お前、スメルクラブで働いてるんだって?」
 浩史は酒をつぎながら、心理学専攻の旧友、健に切り出した。
「よく知ってるな」
「それでな、ちょいと教えてほしいことがあるんだが…」


”素敵な匂いの空間を提供します”
 そんな宣伝に誘われて、浩史がスメルクラブに入会したのは一ヶ月前のこと。半信半疑の浩史の心を決めたのは、無料体験で選んだプログラム『田舎の朝食』だった。
 個室の壁に映し出される古い民家の風景。釜戸に薪がくべられ、遠くで鶏の鳴き声。ここまではありきたりの映像体験だったが、それに匂いが加わると別次元の体験に変わることを浩史は知った。
 ススの匂いに混ざりほんのり漂う炊きたてのご飯、そして味噌汁の匂い…
 目を閉じると、祖父の家で過ごした少年の日が脳裏に蘇り、浩史は思わず涙した。当然、入会は即決だった。


 スメルクラブの演出はいつも完璧だった。お気に入りは『海の家』と『稲わら納屋』。『美女の寝室』も最高だ。しかし満足すればするほど、匂いの源について興味が湧いてくる。健を居酒屋に呼び出したのは、それを聞き出すためだった。


「箱を送るんだよ」
 健の答えは予想外だった。
「新聞に広告を出して、応募してきた人に活性炭入りの箱を送り謝礼を払う。三日間で三万円という額をな」
「だから入会金があんなに高いのか…」
「でも匂いは完璧だろ?」
「そうなんだよ。この間の『お婆ちゃんのタンス』は懐かしかったなぁ」
「得られる匂いが微量だからな。それを分類して、増殖させて…。うちの技術は世界一だぜ」
「そんなに金かけて大丈夫なのか?」
「まあこれには秘密があるんだ。箱を送る際に”絶対開けるな”と書いとくとな、開けちゃうヤツが必ず出るんだよ」
「へえ…」
「そんな時は大抵、謝礼をあきらめて箱だけ送り返してくる。こっちはタダで匂いが手に入るってわけさ」
「それで心理学専攻のお前は何をやってんだ?」
「だから開発してるんじゃないか、開けたくなる箱を…」




こころのダンス文章塾 第19回お題「箱」投稿作品(★散策コース優秀作)